MOJOkunの日記

2019年末にヤフーブログが閉鎖になるのでこちらに引っ越しました。

いまは個人情報がどーたらこーたらの時代になりましたが、むかし(何年まえかは不確か)は図書館の資料室に文芸家協会の名簿があり、好きな作家の住所を調べることが出来ました。

水曜日。

いつもは定休日ですが、今日は旗日。

2月は日数が少ないので、すぐに3月になり、おれは64回目の誕生日を迎えることになります。

さて、いまこうしてパソコンのキーボードを打っていますが、パソコンはおれの人生においては、けっこう大きいトピックのひとつです。

40代前半から実質10年間、小説らしきものが書けたのはパソコンによるところが大きい、というか、それが全てといって良いでせう。

学校の勉強をきっちりやらなかったので、漢字というものが書けない。

ここまで記したうちでも「旗」「誕」は読めても書けない。

だから、原稿用紙に手書きで文字を埋めて行くには辞書が必要で、それをしながら文を書くような面倒なことをやろうとは思わなかったなー。

学校で書かされた作文も、何をどういうふうに書いたら原稿用紙2枚になるのか困っていた記憶。

それでも「練馬の子ら」という文集におれが書いた詩が載ったことがありましたな。

うる憶えだけれど、現実逃避的な内容でした。

まー、活字を読む習慣は幼児のころから付いていて、幼児なりに好き嫌いはありました。

記憶しているのはでかい文字の世界童話全集的なもので、アンデルセンとかグリム、ペロー、アラビアンナイト、トム・ソーヤー、西遊記などは面白かったけれど、イソップとかマザーグースは退屈でしたな。

イソップの教訓的なお話はいくつか憶えているけれど、マザーグースはまるで抜け落ちています。

思春期のころから当時現役だった第3の新人たちの作品を読みだし、吉行淳之介『鞄の中身』が、気奇妙な味の短編、掌編、といわれ、カフカや百閒の掌編、マザーグースもその括りに入っていました。

それで再読したけれど、いま、内容をまるで思い出せません。<マザー・グース

 

閑話休題

いまは個人情報がどーたらこーたらの時代になりましたが、むかし(何年まえかは不確か)は図書館の資料室に文芸家協会の名簿があり、好きな作家の住所を調べることが出来ました。

世田谷区上野毛吉行淳之介の家や練馬区の遊園地豊島園から遠くない田中小実昌の家など、住所をメモって見に行ったりしていましたな。

色川武大の生家がある新宿区矢来町は、作品を読んで「新潮社のすぐうら」と知り、行ってみると作品に書かれていた通りで、せまい庭に濃紺のトヨタマークⅡが駐車してありました。

表札に「色川」と書かれていて、作品に度々登場するお父さんや弟さんが住んでいたのでせう。

川上弘美の住むマンションが吉祥寺駅の近くだった記憶もあるので、件の名簿はけっこう最近まで開示されていたようです。

というか、これはいまならストーカー案件っすね。

 

さて、既に1000文字越えしております。

原稿用紙換算で2枚以上です。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

昨夜の『ミシシッピ・ブルース』は、良いリズム/タイム感で弾かれていませんでした。

オリジナルはウイリー・ブラウンという伝説のブルースマンによって弾かれています。

ロバート・ジョンソン『クロス・ロード・ブルース』の歌詞に出てくるウイリー・ブラウンとは別のブルースマンです。

念のため。

 


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あと書き。

カルピスまんが劇場だったと記憶していますが、『フランダースの犬』が放映されることが決まって、「みんな大泣きするんだろうなー」と思い、その通りになりましたな。