MOJOkunの日記

2019年末にヤフーブログが閉鎖になるのでこちらに引っ越しました。

ポール・マッカートニーは、『YESTERDAY』で弾いたエピフォン・テキサンをまだ持っていると聞くし『BLACKBIRD』で弾いたマーチンD-28もまだあるらしい。

月曜日。

少し涼しくなって、2年くらいまえにユニクロで買ったTシャツが着れるようになりました。

グレーと芥子色の半袖Tシャツ2枚を買ったのは、手触りがしっかりしてたからですが、しっかり感は「厚い」だけでした。

夏に着ると汗が染みて色が変わってしまうほどで、秋口にやっと着れるように。

 

9月23日にヤマハを下取りにして買ったマーチンが10日経っても「素晴らしい!」ので、良い個体認定が可なようです。

膝に乗せると、既にあるD-28やJ-45と比べて圧倒的に軽いっす。

軽量はオールマホガニー仕様に依るところが大きいのでせうが、板そのものが薄い、というのもあるように思います。

アコギのボディに使われる木材は、薄ければ薄いほど響くのが理ですが、オールマホガニーは100年前から在る仕様で、いまの技術で薄い板で組み込んでも強度が保てているのかもしれません。

新品でも音抜けがすげー良いっす。

老舗の看板製品であるD-28やJ-45(ギブソン)は、むかしからのお客の手前、最新の技術より「むかしながら」を優先しているのかな、との疑いたくなるほど今回の1本は良いっすね。

 

閑話休題

ポール・マッカートニーは、『YESTERDAY』で弾いたエピフォン・テキサンをまだ持っていると聞くし『BLACKBIRD』で弾いたマーチンD-28もまだあるらしい。

そもそも、ソリッド仕様のアコースティックギターとは、そういう使われ方をするのが普通ではありますが。

名詞に「男性」と「女性」がある言語では、ギターは女性名詞であるらしい。

マッカートニーはリンダをとても大切にしたし、しすぎて自分のバンドでキーボードを弾かせたりバックコーラスをさせていて、彼女はいろんな方面からバッシングを受け、それがストレスになったようですが、1度気に入ると一途になる面はあるようです。

というか、ひとりになったビートルと共に生きるとはそういうことであるような気もします。

マッカートニーはいまだにヘフナーのバイオリンベースを弾きますしね。

おれは、最初のソリッド仕様がギブソンJ-45で、これがまるでならない個体でした。

当時は「個体差」が在ることなどは知らなかったから、ギルド、テイラー、kヤイリ、ヤマハ、など、ずっと逆張りをしてきましたが、還暦を過ぎてエバーグリーンのマーチンD-28を中古で手に入れ、嗚呼、最初からこれにすれば「遍歴」はなかったかもしれない、と。

それだと、いまマーチンD-15Mが手元にある事実と整合性が付きませぬが。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

シーナ&ロケッツ『you may dream』。

 


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季節の変わり目で、天候は安定しませんが、おれはすこやかです。

日曜日。

休日。

月も変わり秋めいてきましたが、まだ半袖のTシャツで過ごしています。

今週の天気予報をチェックすると、気温が30度になったり、16度に下がる日もあるようです。

季節の変わり目で、天候は安定しませんが、おれはすこやかです。

宅飲みを止めて、その他のルーティーン的なものも変わってきています。

たまにはエレキギターにも触らないと不具合が生じるので、そうしていますが、ずっとテレキャスターに偏っていたのが嘘のように、ストラトキャスターを弾くことが多くなりました。

とても良く鳴るヤマハのアコギを手放したことと同じ理由であると考えています。

14~15歳でギター小僧になったころは、ストラトキャスターレスポールエレキギターの代名詞でした。

ストラトキャスターはジミヘンが逝って以降、徐々に他も弾くようになりました。

エリック・クラプトンジェフ・ベックリッチー・ブラックモア(ディープ・パープル)、デビット・ギルモア(ピンク・フロイド)など。

レスポールジミー・ペイジレッド・ツェッペリン)の印象が強かった。

マーク・ボラン(T・レックス)もレスポールだったかな。

音抜けでストラト、太い音のレスポール

少し専門的に云うと、シングルコイルのストラト、ハムバッカーのレスポール

当時はそういう分け方をしていましたが、録音技術の向上や様々なエフェクターが開発され、昨今はハムバッカーのギターの音抜けも良くなってきていて、シングルコイルは劣勢にあるようです。

ストラトも、3つのシングルコイルのひとつがハムバッカーになっているモデルが、

いまは売れ筋であるようです。

モデル名に「SSH」と謳われているのは、シングル、シングル、ハムバッカー、の意味で、シングルorハムの2極化の時代ではなくなりました。

話が長くなりましたが、エレキギターも、少年時代に刷り込まれたストラトを弾くようになったことが、モディが小さいヤマハのアコギを下取りにしてDサイズのアコギを得たことと似ていると。

 

さて、感染者も減ってきているし、今月中旬にはレンタルスタジオに入れるようになるでせう。

そういう決め事があって、やっとエレキギターに触るモチベーションが生じる

わけです。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

ピンク・フロイド『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール』。

プログレなんてギミック! と思っていましたが、それもいまは懐かしいっすね。

 


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曲を通して、ナイロン弦とスティール弦のアンサンブル。とウン十年思っていますが、まだ検索して確かめていません。

土曜日。

休日。

3本のアコースティックギターをかわりばんこに弾くうちに夕方になりました。

弦は張りっぱなしにしているので、ネック反り予防のため常に弾いていなければならず、3本だとなかなかに忙しい。

新参のマーチンD15Mは、ボディがフルサイズですが、指弾きで、音抜け、箱鳴り感が素晴らしく、これまでのギター散財経験を鑑みても、すげー当たりの個体。

弦高を低くセットアップしてもらったから、バズりと紙一重ですが、3年の保証があるしね。

 

夕方に紹興酒が飲みたくなり、近所の町中華ではないお店に入店しました。

二~三皿を注文し、紹興酒をグラスで飲んでいましたが、途中でボトルを頼んだ方が得と気づき、そうしました。

ボトルが空いても、もっと飲みたかったなー。

自制し、お会計で5000円札がとびましたが、そんなものでせう。

今日からいろいろ値上がりするようだし。

 

さて、〆に生姜焼きをつくって、パックのご飯でいただきます。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

S&G『BOXER』。

イントロはナイロン弦。

曲を通して、ナイロン弦とスティール弦のアンサンブル。

とウン十年思っていますが、まだ検索して確かめていません。

 


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オフ会の度に、おれは「もじょさん」と呼ばれ、嗚呼、こんなハンドルにするんじゃなかったと。

金曜日。

週末の作業所は、数量が多い、来週火曜日が納期の仕事をピッチを上げてこなしている最中に、別口、本日夕方納品の仕事が入り、おれは別口に回って無事に終わらせることができました。

夕方はまっすぐに帰らず。

不思議な飲み会に参加しました。

唐揚げ専門店的な居酒屋で人数は5名。

おれ以外は親御さんがおれより歳下。

彼ら、彼女らに作業所のメンバーもいましたが、作業所の外で会うと何を話して良いのか分からず。

おれはひたすらレモンサワーの杯を重ね、帰るタイミングを図っていました。

二度目のトイレから出て、それまでの会計の半分を見繕った額を幹事的な者に手渡し、おれはこれで帰る、と。

すると、皆立ち上がって、おれの手を取り深々とお辞儀されてしまった。

あれは何だったのでせう。

 

2ちゃんねる創作文芸板のオフ会が盛んだったころも、見知らぬ若者たちと飲み歩くことはありましたが「あいつ(あの子)はあの作を書いた者」との認識がありました。

文の集合体である小説を一作でも読めば、それを書いた者がどういう感じかは察することが出来ましたしな。

掲示板でレスのやり取りもあったし、初対面であってもある種の懐かしさがあり、今日のように奇妙な感覚に陥ることはありませんでした。

オフ会の度に、おれは「もじょさん」と呼ばれ、嗚呼、こんなハンドルにするんじゃなかったと。

思い出せば、そこはけっこう奇妙だったかも。

おれのハンドルネームは、パソコン以前のドラゴンクエスト、プレイヤーズネームそのままで、名乗る際、オフ会に出席することなどは想定していませんでした。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

トム・ウェイツTom Traubert's Blues 』。

 


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22時44分に追記。

同じ内容をダブってUPしたようなので、片方を削除しました。

おそまつ。

 

昨日、やっと「古事記」を検索し「日本書紀」との違いを知りました。

木曜日。

作業所は朝イチから昼休みを挟んで13時半くらいまで、いつもとちがう急ぎの仕事をしました。

それから夕方まではいつもの仕事。

 

おれの部屋にパソコンが来たのは40歳を少し過ぎたころで、それまでは勤め先でデータ入力程度はしていましたが、自前のパソコンでネットが使える環境になっても、いまでさえ、長年の謎を検索して答えを得るような習慣が付いていません。

40で手にしたモノだからでせうな。

昨日、やっと「古事記」を検索し「日本書紀」との違いを知りました。

古事記」は為政者が民を治めるために書かれ、「日本書紀」は当時の大陸や半島のひとへの公的なものであったようです。

古事記」は読んで面白いらしいのですが、「日本書紀」は資料的で読み物として面白いわけではないとのこと。

へー、と感心したのは、イザナギイザナミのやりとりが、旧約聖書のアダムとイブのそれと似ていること。

女が男を誘惑する、という設定は一緒で、むかしから「日ユ同祖論」を唱えるひとが一定数いることと関係があるのかもしれません。

 

閑話休題

今日は帰宅して、ジブリアニメ『もののけ姫』』に付いてググってみたのですが、ザクザク出すぎてどれを読むべきか迷っているうち、あー、オタキングと呼ばれているあのひとはアニメに詳しそうだから、そういう系のYou Tube動画がありそう、と踏んで、探したらすぐにヒットして見始めたのですが、2時間近くのすげー長い動画でした。

いやー、あのひとの情報収集、処理能力は素晴らしいものがありますな。

話し方も上手いっすな。

もののけ姫』の封切りは1997年だったそうな。

当時、おれは民俗学に興味があり、図書館で柳田国男折口信夫宮本常一南方熊楠

などの著作を借りて読んでいました。

自前のパソコンなど、想像も出来なかったった頃っすな。

もののけ姫』の設定が当時のおれの興味と被り、シアターで観ました。

ジブリアニメをTSUTAYAレンタル以外で観たのはあの作だけです。

時は室町時代

エミシの王子アシタカ、タタラ場の女親分エボシ、山犬に育てられた少女サン。

エミシは蝦夷で、お上にまつろわぬ者をそう呼んだそうです。

渡来の弥生人に逆らう縄文人をエミシとした、という学者もいます。

後年、江戸時代になると、蝦夷アイヌの人々を指すようになり、読み方も「エゾ」となります。

タタラ場は山間の製鉄所で、そこで鉄をつくるひとは高熱で眼をやられ、タタラ場があった所には大抵ダイダラボッチ伝承があるようです。

1つ目の巨人神ダイダラボッチ

ラストで出てくる巨人はあれでせうな。

ダイダラボッチはテレビアニメのゲゲゲの鬼太郎で観た記憶もあります。

女親分エボシは、そもそもは棄民で倭寇の有力者の嫁になりますが、有力者を殺して日本に戻り、当時の先端産業だった製鉄所をつくります。

山犬に育てられたサンは、やはりお上にまつろわなかった縄文人が山間部に逃げ、定住せずに移動しながらセブリというテントで暮らした「サンカ」の人たちと関係があるのかと思っていたのですが、(漢字だと山窩で、良い字面ではありませぬ)オタキングの解説ではサンカのサの字も出てきませんでした。

当時、既に「自然破壊」が問題視されていて、あのアニメは、先端産業で山を荒らすエボシと山を護るサンの対立のお話として紹介されていましたが、ちがうんじゃねーの?とおれは思ったのでした。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

ビートルズ最後の曲がこれ。

『HER MAJESTY』。

Jess Walkerというひとがカバーしています。

 


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空は秋晴れでしたが、気温は高く秋感薄し。

水曜日。

定休日。

23日に下取りにしたヤマハはソフトケースだったから、今日、ハードケースをお店に持ちこみ、置いてきたソフトケースと交換しました。

千代田線新御茶ノ水駅から楽器街まで歩きましたが、用が済んで空のソフトケースを背負って中央線で新宿に。

歌舞伎町ドンキホーテの近くの昼間から営業している居酒屋で生ビールを。

鶏竜田揚げとかキムチとかモツ煮込みなどで。

空は秋晴れでしたが、気温は高く秋感薄し。

去年の今頃「小さい秋見つかんないっすね」と小さくボケたらウケたのはボニージャックスのあの歌を知っているひとたちでした。

 

手短にここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

最近はこのふたりばかりですが、マカロンズ・プロジェクト『Moon River』。

ギターのローコードGは、1弦3フッレト、一番高い音が邪魔に思えるときがあり、おれは1弦を弾かないことがありますが、このギタリストもそうしています。

 


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いまもむかしも、ジャーナリストは屁たれ、的なことはいわれていて、それは即ち、彼らは「監視」することを期待されているのでせうな。

火曜日。

空は青く天高く秋晴れ。

でも気温は夏のまま。

出張掃除の仕事ではがっつり汗をかき、2リットルのペットボトルと汗ふき用タオル、替えのTシャツが重宝しました。

 

国葬の交通規制、おれの行動範囲では影響がありませんでした。

葬の最中に付近にてデモしても葬が中止になるわけではなし。

要人が多数来日し、行く手間が省けると考えれば、外交的に「税金ガー!」でもないし。

 

ここで述べたのか否か忘れていますが、物事の推移はシーソーの左右の如しで、右が沈むと左が浮き、左が沈むと右が浮くのが理というもの。

おれが育った時期は、戦争で酷い目に遭った者たちが大人で、彼らはまずは「戦争反対

!」で、それは小学校や中学校で日の丸や国歌斉唱がまるでなかったことが象徴しています。

高校は私立で、卒業式の演壇に国旗があって、国歌斉唱もあって、おや? と感じたのでした。

つまり、育った空気感が左気味で、それが「普通」の状態であると思っていて、後年、年若い者たちと交流する機会を得て、彼らが右寄りに見えて違和感を感じていましたが、おそらく、いつの間にシーソーの右端が上がっていたのでせう。

そう感じて20年が経ちますが、いまも右が上がっている気がします。

おれの世代だと、解りやすい例で大江健三郎

いまの子は村上春樹、かな。

おや? 大江と春樹で左右の対立的にならないのは、作家を含むジャーナリズム自体が、権力を監視する位置にいる、ということでせうか。

おれが育った時期の流行作家は、闇市野坂昭如デラシネ五木寛之で、作品の行間に負け戦にした政治嫌悪が滲んでいました。

いまもむかしも、ジャーナリストは屁たれ、的なことはいわれていて、それは即ち、彼らは「監視」することを期待されているのでせうな。

 

さて、今日は5000人と踏んで、久しぶりに行きつけの居酒屋に寄りました。

5000+αでしたな。

大将の姿が見えないので「どーしたの?」と。

腰がわるくて休んでいるのだとか。

20年以上通っているお店で、大将もお爺になったのでせう。

彼の包丁ではない刺盛りは有り難みが薄かった。

秋刀魚もお品書きにありませんでした。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

中島みゆき『時代』。

90年代後期に東京国際フォーラムの建設現場で、おれは酷い目に遭っていましたな。

みゆき、おれを癒したもうれ。

 


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