木曜日。
帰宅時に雨。
朝、傘を持たずに部屋を出ましたが、この程度の雨ならいいやと。
帰宅するとけっこう濡れていて、Tシャツを替え、バスタオルで坊主アタマの水滴をぬぐいました。
紙パック1.8リットル入りの芋焼酎が僅かしか残っていなくて、朝、部屋を出るときは、帰宅の途中で買って帰るつもりでしたが、狛江駅の改札を抜けるとそのことは忘れていました。
でも、僅かな量で満足し、カット野菜と豚小間の具でまるちゃん焼きそばにて〆ました。
さて、文戯杯は延期になりましたが、モチベーションを保つべく仕掛品を眺めてみると、書き足すことがあれこれ浮かんできます。
エピソードを増やすと収拾がつかなることが予見できるので、おれの作はいつも短く、たくさん書いたな~、と感じた作も原稿用紙換算で30枚程度でした。
好んで読んだ作家も短編に良いものがあるひとたちでした。
井伏鱒二『屋根の上のサワン』。
作中のサワンは渡り鳥。
語り手は、秋の夜更けに渡って行く雁の遠い鳴き声を聴きますが、「それは、夜そのものが孤独に耐えかねて漏らすため息のよう」的な一節があり、文芸だとか文学というものは、信ずるに値するとおれに想わせたのでした。
芥川龍之介『蜜柑』。
柑橘系なら、誰もが「良い!」という梶井基次郎『檸檬』よりこっちである、と小僧だったおれは逆張りをしたのですが、長じて読み比べても『蜜柑』の円熟を支持します。
『檸檬』は若書きっぽい気がしてちょっと。
芥川龍之介は「芥川賞」の看板であるから、読者も多いのでせうが、菊池寛の匙加減でそうなたに過ぎず、ま~、最も有名なマイナーポエット系の書き手っすね。
井伏鱒二や内田百閒、吉行淳之介、色川武大、などもおれが好むマイナーポエットの達人たちです。
職業作家であったから、長い作も書いていますが。
あ、最近亡くなった大江健三郎も文豪でいいかも。
だとすると、中上健次も文豪かも。
この国は風土的に「文豪」が生まれにくい気がします。
大陸で陸続きの国境の向こうの異人種や異民族と長年緊張状態あった地とはちがます。
ちまちましたことが得意で、ひところ、メイドインジャパンがハイクオリティの代名詞のようであったことも、そのあたりに因があるように思います。
ここまで。
明日も書きます。
今夜の1曲。
ビートルズがクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』を。
AIがやらかしました。
未完成感が半端ありません。
やはり、AI、まだまだっすね。