日曜日。
休日。
今日は部屋から1歩も出なかった。
昨日に2日分の食材を買い、いま、冷蔵庫にあるのは豚こま少量と絹豆腐3丁。
レトルト麻婆豆腐の素や玉ねぎもあります。
少しずつではあるが、お酒も食べる量も減ってきている。
休日だと1/2ボトルのウイスキーを飲んで昼寝をすると、それからは飲まない。
さて、今日は、カントリー&ウエスタン、とされる音楽について、日頃から薄ぼんやり考えていることを記してみよう。
中学生のころにフォークブームが来て、吉田拓郎がメジャーになり、あっという間にトップランナーとして走り始めたころ、初めてギターを手にしました。
そういう経緯だからアコースティック・ギターでした。
当時のフォークシンガーの楽曲の多くはカントリー調なアレンジがなされていて、おれもそういう音楽が好きでした。
その少しまえに、ジョン・デンバー『カントリーロード・テイク・ミー・ホーム』が大ヒットして、それがカントリー調の曲を聞く下準備になっていたのでせう。
並行してスリー・ドッグ・ナイトやシカゴなどのバンドも聴いていて、いまならそれらがアフリカン・アメリカンの音楽に影響されていたことは判りますが、当時はカントリー調が甘口のカレーでアフリカン・アメリカン音楽の影響が強い方が辛口、のように感じていました。
でも、20歳になる頃には、カントリー調はさび抜きの寿司的に感じられて、積極的に聴くことはなくなりました。
まー、中学生がオーティス・レディングを聴いて、え? これは何? きっついんですけど? となったけれど、大人になれば、さび抜きじゃもの足りなくなる的な。
イーグルスも『テイク・イット・イージー』や『偽りの瞳』のころはカントリー調でしたが、バカ売れした『ホテルカルフォルニア』は黒人音楽の香が。
徐々にカントリーっぽい音楽を聴かなくなって、ツエッペリンやジェフ・ベック、BBキングなどを聴きながら30代になりました。
クラプトンが『アンプラグド』をリリースした頃には、カントリー・ミュージックのことはほぼ忘れていましたな。
ところで、あるとき、クルマを運転しながらFMを流していたら、歌っている声は白人女性だけど、曲調は黒人音楽で、ヒップホップ的なフレイバーもして、「かっこいい!」と思ったのがシェリル・クロウ『オール・アイ・ワナ・ドゥ』で、彼女のことを調べると、カントリー&ウエスタンの人と紹介されていて、えー? そうなの? とびっくりしたのでした。
また、当時は1ドルが70~80円で、プロユースのアコースティックギターが低価格(現在比で)で買えた時代でした。
クラプトンの『アンプラグド』をコピーしたり、伝説のブルースマン系モノクロ映像のビデオを観ながら、現代の楽器であの手の曲を弾いたらきっと素晴らしい、と考えていました。
そういうビデオに例外的に白人が演奏するブルースがあり、アコースティック・ギターでフィンガースタイルのブルースを弾く、という括りだとスタンダード・ナンバーといってもよい『ディープ・リバー・ブルース』はドク・ワトソンによるものでした。
ドク・ワトソンはカントリー&ウエスタンの凄腕ギタリストのひとりで、シェリル・クロウ初聴き時と似た「え?」を感じました。
さて、疲れてきたので結論を急ぎます。
カントリー系のミュージシャンは黒人音楽を取り入れているけれど、その逆はあったかな? レッド・ベリー『グッドナイト・アイリーン』しか思い浮かばないよな? ということです。
ここまで、明日も書きます。
レッド・ベリー『グッドナイト・アイリーン』を探してみます。
あった。
和訳でも歌われるスタンダード・ナンバーだけれど、最初に録音したのはブルースマンのレッドベリー。