MOJOkunの日記

2019年末にヤフーブログが閉鎖になるのでこちらに引っ越しました。

「クルマを買いに行くはずが」。

木曜日。

今日は書くことが思い浮かんできません。

でも毎日更新を途切れさせたくないので、むかしに書いた掌編小説を直貼りしてお茶を濁します。

内田百閒やひところ読み耽った「奇妙な味の掌編」を意識して書きました。

 

「クルマを買いに行くはずが」

 クルマ雑誌の個人売買の頁で掘り出し物を見つけた。売主に電話をかけてみると、交渉は成立し、私は札束でぶ厚くなった封筒をジーンズの尻のポケットに捻じ込み、売主の住む土地へと向かった。
 列車は品川駅から西に伸びる路線を走っている。四人がけのボックス席を独り占めにし、車内販売で買った焼売弁当を開き、缶ビールのプルトップを引いた。列車が広い河川に架かる鉄橋を渡り暫くすると、車窓には淡い緑の田園風景が広がった。
 中部地方の大都市にある駅でローカル線に乗り換え、ようやく売主の住む町に辿りついた。駅員に売主と約束した地名を訊ねると、ここから最も遠くまで往く路線バスの、終点付近にその場所はあるという。腕時計に目をやると、いつの間にやら約束の時間は迫ってきている。私は苛々しながら駅からの目抜き通り沿いにあるバス停に立った。
 いつまで待っても目的地まで往くバスは来ない。苛々が頂点に達し、眼球の裏側が焦げつきそうになったころ、道をはさんで向かい側の、赤い看板のファーストフードの窓際席で、誰かが私に向かって手を振っているのに気がついた。見覚えのある顔である。目を凝らすと、その男はかつての同級生であった。
 同級生は、全国的に名の通った企業の、この町の支店に勤務している由。取引の場所までクルマで送ってくれるという。とても親密な態度であるが私には彼に親しげにされる覚えなどない。しかしそんなことをいっている場合ではなかった。もう時間がないのだ。
 クルマは市街地を抜け、郊外のバイパスを疾走する。遠くの山並みの稜線には厚い雲が被さっている。彼が運転する隣のシートで、私は会話が途切れぬように話しつづけた。学生時代、いかに彼が優秀で人徳があったか、いかに私がそうでなかったか。話しながら、私は彼の横顔を窺っている。釣人が仕掛けを沈め、海底の様子を探るあの心持ちである。
 ようやく取引場所に辿りつくと、約束の時間はとうに過ぎていた。しかし心配はそれだけはなかった。私はぶ厚い札束と交換するクルマが何であるのか、すっかり忘れてしまっていた。車種も年式もまるで思い出せない。
「俺が分かっているから心配するなよ」
 彼が呟いた。
「心配することは何もない」
 ニヤリ顔を向けたその表情は凶悪なものだった。
「さて、相手が来たぜ。さっさと済ませて高飛びだ」
 高飛び? 私は冷水を浴びたような心持ちになった。
「ポケットから札束をだして、やつが持ってきたブツと交換してこい」
 彼の口調が変った。私は弾かれたようにドアを開け、クルマから降りる。
 仕立ての良いダークスーツを着た痩身の男が、黒いアタッシュケースを目の高さに掲げて立っている。
「おい、ヘンな真似はするなよ」
 男は眉間にしわを寄せたまま、ニヤリと笑っていった。私も予定調和的に頷き、札束を示す。男はアタッシュケースの金具に指を置き、パチンと音をさせ開けた。中には透明なビニールに袋づめされた白い粉。勿論うどん粉ではない。
 私はクルマに戻り、ボスにアタッシュケースを示す。ボスは眼を三角にして頷き、クルマを発進させた。
 クルマは再び田園地帯を往く。いつのまに日が暮れて、西の空と地面の境目あたりが紅を流したように染まっている。遠くのポプラ並木が、茜色をバックにゴジラの背中のような濃いグレーのシルエットを象っている。
 ボスに訊きたいことが山ほどあるはずだが、私は黙って隣のシートに座っていた。クルマはうねった田舎道を延々と走り、いつの間にか、ポプラ並木まで来ていた。ポプラはどこまでもつづく一本道の両脇に規則的な配列で植えられている。どうやらこの道は滑走路であるらしい。傍らに耐用期限がとっくに過ぎたような小さな飛行機が停まっていて、木製のプロペラが弱々しく回っている。
「さて、どうする?」
 ボスが眼を三角にしたまま、私に訊ねる。私は無言のまま頷き、ボスのあとから飛行機に乗りこむ。
 ボスの操縦する飛行機は、轟音とともに翼を揺らしながら滑走路を疾走する。いつの間にか、西の空に月が上がり、星々も瞬き始めていた。ポプラ並木が闇に溶けて、車輪と地面が離れた。
 高飛びの行き先くらいは訊ねるべきなのだろう。しかし私は依然として無言である。
 買うはずだったクルマについては、細部にわたり思い出していたが、飛行機は旋回し、暗い夜空を月と星々の僅かな明かりを頼りに航路をとったのである。 


                          〈了〉


おそらく2003~2004年に書いたもので、当時の遊び場、2ちゃんねる創作文芸板では「眼が三角? 間寛平かよ?」と突っ込まれた記憶があります。

いや~、読み返してみると、単語のチョイスや技法的にも、いまとさほど変わっていないっすね。

 

ここまで。

明日も書きます。

 

今夜の1曲。

Janis JoplinMercedes-Benz』。

 


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