火曜日。
夕方に作業所から帰宅し、今週末が締め切りのコンペに上げる作を書く気でいましたが、粗いプロットのようなものをイジっているうちに22時になりました。
お題「記念日」を、ガッツリぶち込む部分をカットして、さり気なく余韻を残す方が良いなー、そのためのにはどうすればいいかなー、などと。
明日は定休日。
そろそろ書き出さないとヤバいっすね。
お酒を飲まなくなって、時間はあるじゃん、と感じていて、実際にあります。
あるけれど、ギターをイジってしまうなー。
ジャズがほんのり香る『オーヴァー・ザ・レインボー』とか『星に願いを』、『ムーン・リバー』など、アルコールが入っていると集中が途切れて投げていた懐かしい楽曲のソロギターを、TAB譜付きのYou Tube動画を観て弾けるようすることは、小説を書くよりもずっと易しいと感じるのは、50年弾いているからでせう。
小説は40過ぎから実質10年書きましたが、ぱたっと書かなくなってまた10年が経ち、前回のコンペでやっとヒネりせた感じ。
いや、ヒネってはいなかったかな。
案外すっと仕上がりました。
まー、ギターでオリジナル曲を創るようなことは、ごく早い時期に、才能なし、と自己認定し、良い奏者になりたいと念じてやってきましたが、それゆえ楽しいのかもしれませんね。
芸事だから終着駅はないのですが、30代で「ここまででいいや」とは思い、でもそれを維持するには常に弾いている必要があり、いまも続けているわけです。
小説は初めて書いたものでも「良い!」という人がけっこういて、嬉しかったけれど、びっくりもしましたな。
たぶん、かつて作曲を諦めたような地点まで到達していないのでせうな。
でも、短い年月ではあっても解ったことは、面白い小説は面白い者が書くということ。
そのへんは鍛えようがないので、書き手がすべきことは「技術を磨く」に尽きること。
具体的には「構成」のような気がしています。
文章そのものは書いているうちにそれなりになるし、ネタは過去を振り返れば見つけることが出来るし。
上述の粗いプロットは、起きた事柄を時系列順に並べて番号をふってあり、書き出しを何番からにするか、なども「構成」に含まれることなんでせうな。
ここまで。
明日も書きます。
今夜の1曲。
Jeff Buckley『Hallelujah』。
テレキャスターでの弾き語り。