月曜日。
今日はいつもとちがって、午後から肉体労働。
3時間くらいで終わったが、前回は両脚のふくらはぎが攣って、休憩時間も椅子に座れませんでした。
似たよな仕事であったが、今日はそういうことはなかったです。
直帰したから、狛江駅に着いてからスーパーに寄って帰宅しました。
電車内で、昨日友人手配でAmazonから届いた『文章読本』を読んだ。
20人の作家による文章作法が紹介されていて、一発目は谷崎潤一郎。
谷崎の『文章読本』を、むかしに読んだ記憶があるが、内容は忘れていた。
読み始めると「あ、これね」と思い出した。
ですます調の分かりやすい文で、大まかにいうと、日本語の文法は、学者が英語や独逸語のかっちりした文法に倣ってあと付けしたものであるから、気にしないで書きましょう。
ということでした。
主語を省いたり、動詞の過去形、現在形、未来形なんぞも気にしないで書くことを、谷崎は奨励していましたな。
引用が『雨月物語』だったりして、初めて読んだときは飛ばし読みしたけれど、今日読んでも「飛ばし読み」でした。
さて、20人のなかに野坂昭如がいて、え? と感じました。
あの書き手は文章読本なんぞクソくらえ的な位置にいる人だと思っていたから。
でも、これを書きながら思い出したが、
「自分が小説を書くことになったときは、プルーストくらいは読んだ。いまの若いヤツは読んでねーだろ」
的なことを書いていたことを思い出しました。
プルースト、おれは『失われた時を求めて』を読みはじめて30分で投げたから、野坂談を思い出したのかもしれませんな。
泉鏡花→野坂昭如→町田康のラインがあるような気がしていますが、泉鏡花は『高野聖』『外科室』くらいしか読んでないけれど、おれにとって「読みにくいけど投げないで読める文章」で括ると、あのラインになります。
泉鏡花文学賞は、金沢市主催のローカルな賞であるが、受賞した者は、どこかうれしそうっすな。
色川武大が長い沈黙を経て『怪しい来客簿』を書いて受賞し、他にもおれが贔屓にしている川上弘美や小川洋子、柳美里なども。
さて、眠いっす。
ではでは。
ここまで。
明日も書きます。