水曜日。
いつもなら定休日だが、三連休のあとにまた休んでも、コロナで遊びには出れないし、作業所に通所した。
行き帰りの電車のなかで、友人が送ってくれた公募ガイドを改めて広げてみた。
仙台短編文学賞、というおれが聞き慣れない賞があるようです。
当然のことだが、震災にまつわるものが多いとのこと。
でも、最近は震災と直接関係ないものも応募されてくる、と書いてある。
原稿用紙二五枚~三〇枚だそうで、プロアマ不問だからレベルが高い、とも記されいた。
いとうせいこう氏が選考委員のひとりなのか、彼だけなのかは不明。
おれは、いとうせいこうが書いたものを読んだことがないです。
太宰治賞についての情報も載っている。
これは有名な公募だが、三鷹市が主催であることを今日知りました。
おれは、某所で太宰を貶す書き込み多数であるが、まーいろいろ書いたが、集約すると『人間失格』というタイトルに怒りを覚えるから。
迷える青少年や少女たちが食いつく題で、はったりをカマして若い者を騙しているように感じるのである。
少年のころに親しかった者に太宰好きがいて、理由を訊くと、大学の文学部で卒論にとりあげられる作家は太宰がダントツで多い! とかいっていて、それもいやでしたな。
高校に入って、まるで勉強しなくなったおれだが、高3になって本気をだせば、受験なんて楽勝とか思っていたのだが、まー、高3になってすぐに、本屋でオレンジ色の有名大学過去5年問題集が並ぶ棚から、学部は忘れたけど、KOの英語の問題を見てみたら、その長文読解問題は、いまから努力して何とかなるレベルではなかったのでした。
で、太宰は東大かよばかやろー、とか。w
そんな感じもありましたな。
アタマの良いやつがそうでない者を適当にあしらっているような。
そういうものを太宰とその読者から感じたんですな。
当時から吉行や小実昌を読んでいて、彼らも東大に籍があったのに、べつに気にならなかったから、何かよくわからないけど好きくない理由が、おれがまるで歯が立たないKOより格上の東大だから、よけいにそう思う気持ちもあったかもしれないっすな。
ところで、高3になっても、おれは溜まり場のダチの部屋に夜遅くまで居座り、麻雀したりタバコを吸ったりしていましたが、そういうなかで、ひとり、ラジオの英語講座が始まる時間に自宅に帰って、それが終わるとまた合流してくる者がいて、そいつはKOに受かりましたな。
すげー、と思いました。
でも、何年かして、その者は名が知れたミシンを作る会社に就職が決まり、卒業まえに研修まで受けたのに、単位を落とし、留年して、でも内定は取り消されなかったようで、一緒に研修を受けた者たちから、来年に待ってるぞ! 的に激励されたが、その企業はその者が留年している間に倒産してしまったのでした。
んー、今日も小説のネタになりそうなことを書きましたな。
ではでは。
ここまで。
明日も書きます。